黒ラブのジョイ | 犬のいる暮らし

犬のいる暮らし

犬のいる暮し (文春文庫) 中野孝次著 1999年3月出版。
「犬のいる暮らし」は、中野孝次さんが、飼っておられた柴犬3代について、主に書いておられます。

「現代人の心の空虚を癒す存在として犬をもとめるという動機があるのかもしれない。 経済的にゆたかになったことのあらわれの一つが、このペット愛好現象なのであろう。」

経済的に豊かじゃなかった高度経済成長期前は、こんなにも犬や猫を飼う人が多くなかったというのは、 実感としてよくわかります。
本当に犬が好きで飼っているか、猟犬として飼っている人がいたことは事実ですが、今に比べたら、 とても少なかったのです。

野良犬が、めずらしくなかった時代でもありました。たとえ、飼われていても戸外で飼われていて、 リードや鎖で必ずしも繋がれていたわけでもありませんでした。
それでは、犬は今に比べて幸せではなかったのでしょうか。わたしには、よくわかりませんが、 一概にはどっちが幸せかとは言えない気がしますが。
あまり犬が好きでなかったので、犬に道で出会い、怖い思いをしたこともありますが、逃げたら追っかけて くるから、無視した方がよいという知識があって、それを実行していました。

さて、中野孝次さんは、「ハラスのいた日々」という愛犬についての本を以前に出版されています。
その本に対する、読者からの手紙がたくさん届けられたそうです。

飼い犬に対する、切実な思いが書かれているものばかりで、その多さに驚かれて、現代人にとって、 犬の存在は何だろう?と関心を持たれたようです。

「人は人間相手にはめったにそれほど純粋にひたすらただ愛する機会を持てない。
人間と言うものは誰かを愛さずにはいられぬようにできている。
愛する対象のない人生には耐えられないからだ。
そういう現代人の心の空虚をみたし、愛する対象となるものが生きものだとわたしは思う」

現代では、人間同士で得られないものを埋めるために、ペットを飼う人が増えているということなのでしょうか。
人間同士といっても、当然、欠陥をお互い持っているわけですから、ペットは、埋めるためだけでなく、 補ってくれているとも思います。犬に代替を求めているかもしれません。

「犬のいる暮らし」では、老人にとって犬を飼うということの良さを提案されています。
「仔犬一匹が加わった家庭生活について、穏やかな日々が、めちゃくちゃになり、 退屈は、吹っ飛び、人にも仔犬の元気さが移って、積極的になり、老いの自覚すらすっとんでしまった。」

3年たつと、次第に犬が成長して、人との暮しにも慣れて落ち着き、やっと、 家族の一員になれた気がするとのご意見には本当にそうですねと納得です。

犬のいる暮らしは、一回犬と暮らすと、犬がいない暮らしができなくなるらしいとありますが、 我家も同じなので、大きくうなずいてしまいました。

ところで、犬には、何か他の動物にはない人に通い合う特別のものがあるのでしょうか。
そのことに興味が出てきました。